裸の王様と裸の女王様

「裸の王様」の物語は知っているだろう。
これはアンデルセンの有名な童話である。

(1)新しい服が大好きで、誰も逆らうことができない王様の元に、
二人組の詐欺師が布織職人としてやって来る。
彼らはアホや自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない
不思議な布地を織る事が出来ると言い、王様は大喜びで注文する。
そして完成した服を見るが、目の前にあるはずの布地が王様の目
には見えなかったが、

(2)家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地をほめる
しかない。家来は家来で、自分には見えないがそうとは言い出せず、
同じように衣装をほめる。そしての見えない衣装でパレードに臨んだ
王様の姿を見た見物人も、アホだと思われたくないので同じように
衣装をほめる
が、その中の

(3)小さな子供の一人が、見たままに「王様は裸だ!」と叫んだ。
ついに皆が「王様は裸だ」と叫ぶなか、王様一行はパレードを続けた。


という物語だ。

よく 「あいつは裸の王様だよな」 と言われるのは、この物語から来ている。
「自分が裸(間違い等)だと気づかない、周囲の人もそのことを指摘しないし
出来ない。
自分にとって為になる苦言などを言ってくれる人を置かない、言われても
その苦言などを聞く気が全くないなど困った人」
のことを指している。こういう人は大抵高圧的で傲慢で、オレ様的な人が多い。
だから文句を言いたくても言えない。



ではこれが「裸の女王様」であればどうなのか?

もちろんこんな物語はないが、あえて「女王様」として考えてみる。

(1)を新しい服が大好きで、素晴らしいプロポーションのうら若き女王様
とする。するとそれ以降のニュアンスが若干変わるのだ。


(2)を家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地をほめる
しかない。しかし家来は家来で、自分には見えないが、この布地を着た後の
女王様の姿を考えて「あえて言う気もなく」、同じように衣装をほめる。
そしての見えない衣装でパレードに臨んだ女王様の姿を見た見物人は、
「このままでもう全然OKなのであえて」同じように「見えない衣装」を心から
(感動しながら)喜んでほめる。



そして

(3)小さな子供の一人が、見たままに「女王様は裸だ!」と叫ぼうとしたが、
周囲の男どもに口をふさがれてしまう
(小僧、余計なことを言うんじゃないっ!)。
そして特に男どもはみんな興奮しながら「きれいな衣装だぁ~」などと叫ぶ・・・


という展開になりそうだ。

こちらは、王様の例とは違い、「人の不幸は蜜の味」とほぼ同じである。
相手に間違いを指摘するよりあえて傍観していて(傍観しているフリして)、
相手がそのことで被るであろう不幸やリスクを見ているのが楽しくて
仕方がない。まさに悪意の塊である。
(しかしこう見てしまう側にもそれなりの理由はある)
王様と女王様の違いは、「言いづらいから言わない」のか「言わないことで
こちらに大きなメリットがあるから言わない」のか?の違いである。

どちらであっても指摘されないし、誰も何も言ってくれないことには変わらない。
そしてどちらにしても言われない本人にとっては不幸だ。


しかし・・・

本人はまったく感じていないが実は
「裸の王様」や「裸の女王様」はかなりにいる。



まぁ本人には自覚症状がまるっきりないから、始末が悪い・・・


しかし最近思うのは、本人にとってこれって案外幸せなのかもしれないな・・・と。
自覚症状がないから、このことで不安になることもないし、悩むこともない。
指摘されないという「変われるきかっけ」は失うけど、少なくても耳障りな話を
聞く必要もない。

そして、

「オレって(私って)なかなかやるじゃーん!」

で終わっているので、気分的にはものすごくHAPPYなのである。


私は嫌ですけどね・・・(笑)



PS

ちなみにこの画像にもあるように、裸の王様は決して「真っ裸」では
ありませんよ。一応パンツは穿いています。念のため。
でもトップレスでもやっぱり私は嫌です(爆)

画像







王様気分になれる??









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